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風の市兵衛 | 辻堂魁


柳原堤下で、武家の心中死体が発見された。旗本にあるまじき不祥事に、遺された妻と幼い息子は窮地に陥る。そこにさすらいの渡り用人唐木市兵衛が雇われた。算盤を片手に家財を調べる飄々とした武士に彼らは不審を抱くが、次第に魅了される。やがて新たな借財が判明するや、市兵衛に不穏な影が迫る。心中に隠されていた奸計とは?“風の剣”を揮う市兵衛に瞠目。


本書の著者である辻堂魁という人も時代小説の新しい書き手だそうです。数日前に読んだ田牧大和の『緋色からくり』という小説は楽に読めて、筋立てもとても面白い作品であり、このところの新しい時代小説の書き手が結構面白い、と思っていたのですが、本書の辻堂魁という作家もまた面白い書き手の一人でした。

主人が「相対死(あいたいじに)という武士にあるまじき不祥事」で死んだ三河以来の旧家の高松家に一人の侍が渡り用人として雇われることになった。「歳の頃は三十五、六。五尺七寸ほどの上背に一見痩躯で、艶やかな総髪を麻の元結で束ねて、頭に一文字の髷(まげ)を結ってい」て、「高い鼻筋に大きめのきりりと閉じた唇の不釣り合い加減が、手習い塾を始めたばかりの新米師匠を思わせる、頼りなげな顔立ちを作っていた」。名を唐木市兵衛といい、算盤を片手に雇われ先の家計を預かるのが仕事だった。この唐木市兵衛が高松家の借金の現状を調べていく中、様々に不審な事柄が明らかになっていく。

先の『緋色からくり』もそうでしたが、主人公の設定が面白いのです。本書の場合、「渡り用人」というはじめて聞いた職業を設定してあります。

これまで「用人」という言葉はよく耳にしました。「用人」とは、身分等により職務の内容も異なるようですが、旗本等では「金銭の出納や雑事などの家政をつかさどった者」を言うそうです。

また、「渡り」という言葉も「渡り中間」などと聞いたことはありました。期間を区切って雇われる者を意味しているようですが、その用人版があるとは知りませんでした。

その前に、「渡り用人」という職業が実在したものなのか、簡単に調べたのですが分かりませんでした。ただ、藤原緋沙子の作品に『渡り用人片桐弦一郎控』というシリーズはありました。だから、実在した、とも言えませんが。

この珍しい職業の主人公が算盤を使いこなし、侍の家の家計の諸々を計算していく様は当時の生活も垣間見えてトリビア的な面白さもあります。

勿論、物語の主人公ですから剣の使い手でもあります。とある理由から関西で放蕩をしているときに剣を学び相当な使い手になっていて、「風の剣」の使い手として名を馳せたらしいのです。となれば、敵役も勿論必要で、異国の剣の使い手を配置してあります。

更には、唐木市兵衛の過去が明らかになるにつれ、幕府内でそこそこの力を持つ後ろ盾や、いざというときに力になり得る仲間が現れたり、物語の冒頭から登場する少々ひねた性格の腕利き同心渋井鬼三次が絡んだりと、エンターテインメント小説としての、定番と言えるであろう要素が十二分に配してあるのです。

よく練られていて破綻の無い筋立てと、十分に書き込まれている主人公の設定と、それを助ける登場人物の面白さと、面白い時代劇小説の要素を全部持っていると言えるのではないでしょうか。

コメント

  1. 一期一会 より:

     時代劇映画で育った、だから時代小説も楽しい。
    腰におもちゃの刀を差して颯爽と遊んだ記憶もあります。
     そろばんを使いこなす用人と聞き、映画家計簿をうんぬんの時代劇を思い出しました。

  2. 雑読者 より:

    >  そろばんを使いこなす用人と聞き、映画家計簿をうんぬんの時代劇を思い出しました。
    堺雅人主演の「武士の家計簿」ですね。まだ見ていないのですが、いつかは見たいと思っています。
    原作にあたる磯田道史氏の『武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新』もかなり興味があります。