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四度目の氷河期 | 荻原浩


小学五年生の夏休みは、秘密の夏だった。あの日、ぼくは母さんの書斎で(彼女は遺伝子研究者だ)、「死んだ」父親に関する重大なデータを発見した。彼は身長173cm、推定体重65kg、脳容量は約1400cc。そして何より、約1万年前の第四氷河期の過酷な時代を生き抜いていた―じゃあ、なぜぼくが今生きているのかって?これは、その謎が解けるまでの、17年と11ヶ月の、ぼくの物語だ。(「BOOK」データベースより)


母子家庭で育っているワタル少年の、一人遊びの中での少女との出会い、周りから無視される小学生時代、性への目覚めがあり、中学校に上がってからやり投げと出会い、そして旅立ちと、正確には四歳から十八歳までの成長の記録です。

ただ、全編がクロマニヨン人というキーワードによって彩られています。ありふれた少年の記録が、このキーワードによって独特の、そして上質の青春小説として成立しています。

北上次郎氏が文庫版のあとがきで、荻原浩という作家について、「普通に書けば陳腐すれすれの話や見慣れたはずの風景を一変させることが出来る」作家だと書いておられます。かならず「ひねり」をきかせる作家だそうで、本書で言えばクロマニヨン人であり、やり投げなのだそうです。

幼いころから自分の父親捜しをしていた小年が、自分の父をクロマニヨン人だと思いこむ理由につては本編を読んで頂くとして、裏山を駆け巡る少年の衝動の根底には大自然の中で生き抜いて行くクロマニヨン人の姿があります。

長じて陸上競技、それもやり投げを選択するのも幼い頃に裏山でクロマニヨン人を想定して投げた槍の延長線上に位置づけられるのです。

思春期の少年の性に対する畏怖や母親への思いなど、普通ではない育ち方をした少年の日常を描いた上質な青春小説であり、家族の物語とも言えます。

コメント

  1. 一期一会 より:

     おぎわらを萩原と読んでしまう、
    荻窪のおぎなのに、
    私の父は日本人でした。
    46歳の時荻窪にある病院で胃がんで死んでいます。
     父のDNAを受け継ぐならば、私は槍投げではなく、染め物の世界であったかもしれません。
    でも、染め物である着物の衰退もあって、私はある時バスの仕事でハンドルを握りアクセルを踏んでいます。それも昨年の12月に定年退職をするまでの事。バスの仕事は面白かった。日々緊張の連続、待機時間も多くその時は持参の小説が読めた。
     クロマニヨン人まで遡る事はしませんが、先日弥生時代の先祖を考える事がありました。弥生時代の彼がいなければ今の私はいなかったんだと思いました。
     

  2. 雑読者 より:

    >  父のDNAを受け継ぐならば、私は槍投げではなく、染め物の世界であったかもしれません。
    私も父親とは全く畑違いの職場にいますね。
    私の場合は能力不足のためですが・・・。