「平蔵の顔を見た者は、だれもいねえのよ」。盗賊・黒蝦蟇の麓蔵は復讐を遂げるため、いまは平蔵の手先となった女に案内を頼んだ「平蔵の顔」。両国橋の界隈で、掏摸を働いていた姉弟に目をつけたところ、思わぬ大事件にあたる「繭玉おりん」。火付盗賊改・長谷川平蔵のまったく新しい魅力を引き出した六篇。特別対談・佐々木譲。(「BOOK」データベースより)
「平蔵の顔」「平蔵の首」「お役者菊松」「繭玉おりん」「風雷小僧」「野火止」の六編からなる短編集です。
いうまでもなく、池波正太郎の『鬼平犯科帳』で描かれた火付盗賊改方長官の長谷川平蔵を主人公とする小説です。だからこそ、図書館で本書を見つけたときは、驚き、すぐに借りました。
本書の鬼平は殆ど自分では動きません。探索に差し支えるということから自らの顔を人前にさらすことの殆どないのです。悪人どもは仕事をするためにも、また鬼平に報復をするためにも鬼平の顔を知りたいと願っています。そのことを逆手にとって、鬼平は様々の仕掛けを施します。
と言っても、本書の平蔵は自ら捕物に参加することはあまりありません。部下や元犯罪者である密偵たちが動き回るのです。たまに平蔵自身が現場に出ることもありますが、その場合でも顔を衆目にさらすことはなく、鬼平役としては影武者を仕立て、自らは別人として事件の解決にあたります。それでいて、事件の全貌を見通し、人情味も見せつつ犯罪者は厳しく取り締まる、その基本線は変わらないようです。
気になる点は、すこし登場人物たちが鬼平の描いた筋書き通りに動き過ぎではないか、ということです。殆どの場合は部下や密偵を押し込みの一味にもぐりこませているのですが、その筋書きが二重三重に組まれているので、どこかで食い違いがあるともぐりこませている密偵らの命にかかわると思うのです。そして、その思惑違いは起きて当たり前ではないでしょうか。
もう一点は、どうしてもあの平蔵を思い浮かべてしまうということです。特に池波版『鬼平犯科帳』はテレビドラマも非常によくできていて、初代鬼平の八代目松本幸四郎、その後を継いだ二代目中村吉右衛門のイメージが強烈に出来上がっていて、本書を読みながらも彼らの演じる平蔵が動き回り、どうしても違和感を感じてしまうのです。
読後にネットを見ていたら、逢坂剛氏本人の本書についてのインタビュー記事がありました。
「最初のころはまだ自分なりの「平蔵」が固まっていなかったせいか、あまり出てこない。」とあり、自身の作品について「私は主人公の心理描写は一切せず、周りの人々の印象でキャラクターを作り上げていくことが多」く、「この作品でもそれを踏襲してます。」と語っておられます。
私の感じる違和感などは当然分かっておられ、その上で池波版長谷川平蔵という巨大な作品を前に、独自の平蔵像を作り上げようとされています。素人が思う以上に大変な作業なのでしょう。
そしてそれはある程度成功しているのではないでしょうか。まだ部下たちの性格などキャラクターも明確ではありませんが、これからのシリーズの中で登場人物が成長していくのでしょう。
2014年8月には『平蔵狩り』という作品が発表されているので、そちらではより逢坂剛版「長谷川平蔵」が明確になっているのではないでしょうか。

コメント
私の理想の男性は長谷川平蔵です。
何度も言ってますが、松本幸四郎や中村吉右衛門が好きなのではありません!
でもね~
私が好きな長谷川平蔵は池波正太郎が描く、鬼平犯科帳の長谷川平蔵なんですよね。
そのイメージを取り除いて平蔵を思い描くというのは、本当に難しいことだと思います。
時々、シリアスな歴史書などに長谷川平蔵を歴史上の人物として紹介されてると、「違う!」と思ってしまいます[絵文字:i-229]
勿論、本書を読んでないので分からないのですが・・・
やっぱり、池波正太郎の鬼平がイイです[絵文字:i-236]
> やっぱり、池波正太郎の鬼平がイイです[絵文字:i-236]
やはり池波正太郎の鬼平は大きいです。
読者がこんなに言うのだから、作者の苦労はさぞかしでしょう。
でも、ハードボイルドの第一人者が書く平蔵はどんなになるか楽しみでもあるんだよね。