次郎吉の目前で娘が腕を斬られた。娘は峰といい、奉公先の主人と通じ、その妻の恨みをかって襲われたのだった。峰の父は、娘の不貞に激怒するが、浪人暮らしの父を思い手当てをもらっていたことを知り、言葉を失う。そして、一度は断った「ある仕事」を引き受ける決意をした。それは、武士としてのプライドを捨てるものだったが…。(「BOOK」データベースより)
赤川次郎が時代小説を書いているとは知らなかったので、図書館で見つけると直ぐに手に取り、久しぶりにこの作家の本を読みました。
久しぶりの赤川次郎ということで意気込んで読んだところ、少々気合いが抜けてしまったというのが正直なところです。今の赤川次郎の作品は皆こんなものなのかと、他の現代ものを読んでみる気になりました。
ひどい作品というのとはちょっと違う感じです。鈴木英治だとか、佐伯泰英という人達の小説も軽く読めるという意味では同じなのですが、それはそれなりに物語としての骨組みがきちんと書いてあります。
しかし、それが赤川次郎の時代小説のタッチだと言われればそれまでですが、本書に限って言えば、その骨組みさえも無いのです。「鼠」が仕事をするときも、「鼠」らしさの描写は無く、極端に言えば「盗んだ」で終わりです。
赤川次郎という作家の作品は、簡潔なストーリーと実に読みやすいその文章が一番の特徴だと思うのですが、ここまで簡潔だとは思っていませんでした。地の文が殆ど無く、会話文だけで成り立っています。
この本がシリーズの五巻目ということだからかもしれませんが、時代背景や舞台設定等の説明は全くありません。
その分ストーリーは分かりやすく、私が読んだ二百三十頁強の単行本も、活字が大きめで、上下の余白も大きくとってあるその装丁からすると、普通の単行本の半分くらいしかないのではないかと思ってしまいます。実際一時間くらいで読み終えてしまいました。
読み終えてみると、面白さが無いわけではありません。実に読みやすく、内容も心地よいのですが、ただ、読み終えて残るものは全くありませんでした。
かつて読んだ「三毛猫ホームズシリーズ」を始めとする作品もとにかく読み易かったのですが、もう少し読後感があったように思えます。それとも、それらの作品もこんなものだったのでしょうか。

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