浅草は田原町で小さな古着屋を営む喜十は、北町奉行所隠密廻り同心の上遠野のお勤めの手助けで、東奔西走する毎日。店先に捨てられていた赤ん坊の捨吉を養子にした喜十の前に、捨吉のきょうだいが姿を現した。上遠野は、その四人の子どもも引き取ってしまえと無茶を言うが…。日々の暮らしの些細なことに、人生のほんとうが見えてくる。はらり涙の、心やすらぐ連作人情捕物帳六編。(「BOOK」データベースより)
相変わらず宇江佐真理の小説は心豊かになります。本書は二年前(2011年9月)に出た『古手屋喜十為事覚え』の続編で、六編からなる連作短編集です。
古手屋とは古着屋のこと。百万都市である江戸の町は資源の有効利用が発達し、効率的な循環型社会でした。金属製品の修理をする「鋳掛け屋」、桶や樽の箍(たが)を作りなおす「箍屋(たがや)」等々、様々なリサイクル業があったそうです。
古着屋もそうで4,000軒もあったらしいと書いてありました。ネットで調べるとすぐに出てきます。
前作でひょんなことから自殺しかけていたおそめを助け、家に連れてきたことから夫婦になったのでした。本作では、そのお人よしの喜十夫婦に捨吉という名前の子供が出来ます。
といっても、店の前に捨てられていた子なのです。その顛末が一作目の「落ち葉踏み締める」で語られているのですが、この話は前作と少々趣も違うし、第一喜十が全く絡んでこないので、傾向が変わったのかと思いました。でも、この第一話を読み終えるとやはり喜十夫婦の物語です。ただ、冒頭から少々つらく哀しい展開なのです。
とはいえ、夫婦に子が出来たのは嬉しく、生活に張りも出てきます。特別に大きな事件が起きたり、謎めいたことが起きるわけではありません。相変わらず、北町奉行所隠密廻り同心の上遠野平蔵が持ち込む着物がらみの話は、喜十の手助けを必要とし、喜十はぶつぶつと文句を言いながらも上遠野のために歩き回ります。
その姿が宇江佐真理という作家の手にかかると心を打つ上質の人情物語として出来上がっているのです。
登場人物の夫々に積み重ねられた歴史があることをそれとなく示しながら、登場人物を血の通った人間として描写する様は相変わらず見事なものです。そして、辛い思いを抱えて現在を生きている人に対して何とか救いの手を差し伸べようとする作者の心根が見えるようです。
「雪まろげ」では神隠しにあった子の話を聞き、「紅唐桟」では長崎から男を追って出てきた遊女の身の振り方を決めるのに呻吟し、更に「こぎん」「鬼」「再びの秋」という短編が続き、お人好しの喜十が文句を言いつつも、おそめの助けを借りながら上遠野平蔵の頼みをこなしていく姿が描かれていきます。
この口の悪い同心の上遠野平蔵との、持ち込まれた相談という名目の手助け依頼に文句を言いつつ乗っかる喜十との掛け合いも一興で、本書の魅力の一つになっています。
なにはともあれ、宇江佐真理の人情噺が展開される、読後感も爽やかな好短編集です。
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出来不出来、作家の力量によるところです。
今朝の新聞に、直木賞受賞の黒川博行が教諭をやめ作家稼業に入ったはいいが食えず、奥さんの収入をあてにした時代がコメントされています。
連載を得て、ようやく固定収入にありついてホッとした流れがあったようです。
良い作品を世に送る作家は応援したいですね。
> 今朝の新聞に、直木賞受賞の黒川博行が教諭をやめ作家稼業に入ったはいいが食えず、奥さんの収入をあてにした時代がコメントされています。
> 連載を得て、ようやく固定収入にありついてホッとした流れがあったようです。
> 良い作品を世に送る作家は応援したいですね。
黒川博行氏の作品はまだ読んだことがありません。
以前読んだ作品があまり面白いと思わなかったので、それ以降敬遠していました。
と思ったら、別な作家と勘違いしていて、その作品は黒川博行氏の著作ではありませんでした。
これを機会に読んでみようと思います。