札幌の刑事だった川久保篤は、道警不祥事を受けた大異動により、志茂別駐在所に単身赴任してきた。十勝平野に所在する農村。ここでは重大犯罪など起きない、はずだった。だが、町の荒廃を宿す幾つかの事案に関わり、それが偽りであることを実感する。やがて、川久保は、十三年前、夏祭の夜に起きた少女失踪事件に、足を踏み入れてゆくー。警察小説に新たな地平を拓いた連作集。(「BOOK」データベースより)
本書は、『駐在警官・川久保篤シリーズ』の第一作目で、北海道十勝地方にある志茂別(しもべつ)町の駐在所に異動になった川久保篤という元ベテラン刑事の物語です。
大きく構えるでもない肩の凝らない描写で、地方の町の日常の暮らしの中で起きる事件を描いている連作の短編集ですが、かなり読み応えのある小説です。
北海道警察で実際に起きた不祥事に対する処置として、道警は、七年の同一部署在籍で配置換え、十年の同一地域在籍で他地方へ異動という方針を取ります。その結果、経験値の少ない刑事や、地域の情勢を知らない駐在員などが大量に配置されることになります。
佐々木譲の『笑う警官』はそうした情勢下での札幌の警察を描いた小説でした。本書は、その地方版といったところでしょうか。札幌で刑事として長年勤務していた川久保篤巡査部長が、十勝の田舎の駐在さんになり、さまざまな事件を解決する、という物語です。
「逸脱」 川久保が駐在所に移動して間もない頃喧嘩の通報を受けるが、来客中のため即時の対応を怠ってしまう。その後、相談を受けていた山岸明子という女性の一人息子である山岸三津夫という若者が死体で発見される。所轄は事故として処理をするが、疑問を感じる川久保は偽装だと主張するも受け入れられないのだった。
「遺恨」 酪農家の大西という男の飼っている犬が撃ち殺された。二日後、所轄署から、聞き込みをした中の一人である篠崎征男が血だらけで倒れているとの一報が入った。篠崎征男の息子で通報者でもある章一の話では、雇っていた中国人研修生と車もないらしい。中国人研修生の犯行との見方が強い中、疑問を感じ一人調べる川久保だった。
「割れガラス」 恐喝されている子供がいるとの通報により駆けつけると、既に誰も居ない。そこにいた大城という大工が助けたらしい。数日後、Aコープストアの店長から万引きの通報が入るが、万引きしたのは恐喝されていた山内浩也という少年だった。川久保の判断でその少年を大城のもとで修業をさせることにしたのだが、町の有力者らは、大城の前科を理由に町から追い出そうとするのだった。
「感知器」 近頃町にホームレスやカルト系の不審者、旅行者などが増えているらしい。そうした折、不審火が相次ぎ、防犯協会メンバーの大路の事務所でも不審火が出るのだった。
「仮装祭」 今年も十三年前に少女失踪事件が起きた夏祭りの季節になった。今年の夏まつりは特に仮装盆踊りと歌謡ショーが復活して当時と状況が似ており、再び同様の事件が起きるのではないかと危惧する川久保だった。
駐在さんという限られた職務の中でのミステリーです。
刑事のように入念な聞き込みができるわけでもなく、それでも駐在である川久保巡査部長は顔見知りという利点を生かし、細かな違和感をつぶしていきます。その様がとても丁寧に描写されていて、読んでいて心地よさを感じます。
加えて、川久保という巡査の元刑事という自負でしょうか、警察官としての気骨を感じます。所轄の刑事らとの衝突をも辞さないその構えが小気味いいのです。
エンターテインメント小説の醍醐味の大きな部分を主人公のキャラクターが占めていると思うのですが、本書の川久保というキャラはその要求を十分満たしていると思います。
そのうえで、少しの社会性を垣間見せつつ、ミステリーとしての面白さを堪能していたこの物語は、最後の物語の「仮装祭」の中で、本書全体を貫いている田舎だからこその秘密が明かされ、エンターテインメント小説としての醍醐味は最高潮に達します。
本書は2007年版の「このミステリーがすごい!」で第二位になっており、この作家の上手さを思い知らされた作品でした。