前に読んだこの作家の「月神」と同じく明治維新という時代の波に振り回される地方の小藩が舞台で、その中でお互いの想いを貫く二人の様子が描かれています。
九州の日向にある伍代藩がその小藩であり、そこに住まう民間の漢学者である桧垣鉄斎の娘栞(しおり)が本書の主人公です。もう一方の主人公が楠瀬譲(くすせゆずる)という軽格の武士で、互いに密かに思い合う仲ですが時代はなかなかそれを許してくれません。
譲は伍代藩の藩主忠継に重用され、次第に藩政に深くかかわるようになり、和歌の添削を受けるために通っていた桧垣鉄斎の住居である此君堂(しくんどう)にも訪れることもできなくなっていきます。
直木賞受賞作である「蜩ノ記」と比べると少々まとまりが無いようにも思いました。勿論、「蜩ノ記」が戸田秋谷という武士ひとりの生き様に焦点を当てて書かれているのに対して、本書は栞と譲という二人に焦点があっているので仕方のないことなのかもしれません。
また、「蜩ノ記」で感じた全編を貫く清冽な印象もまた本書ではありません。本書は恋物語であり、武士の生きざまを描こうとしたものではないのでそれは当然のことなのでしょう。
加えて、途中で将来を暗示する文章が何箇所かに出てきますが、それがちょっと気になりました。左右どちらにも方向性が示されるその暗示が回数が少々多く、何か思わせぶりな書き方に思えたのです。
和歌を絡ませている恋物語としては、先般直木賞を受賞した朝井まかての「恋歌」があります。残念ながら小説の出来としては「恋歌」に軍配が上がるとしても、結局は本書も時代に翻弄される二人の行く末に対する関心から引き込まれて読み進めました。
色々と文句ばかり書いてきましたが、共に直木賞を受賞した作品と比べてのことであり、本書自体はやはり葉室麟の物語です。格調のある文体と共に示される漢学の素養とも合わせて、やはり面白い小説です。